2015年4月10日金曜日

おひさしぶり。

筆まめ(パソコンまめ?)じゃない私はまたブログを放置して、
気づいたら新しい年が明けて、春が来ていた。

なんのために続けているのか、誰が見ているのかもはやわからない私の、
このブログの存在価値はよくわからないけれど、
つらつらと文章を書き連ねる心地よさ、そのゆるさにいくぶん救われているような気がするので、
まだ、続けることにした。

続ける、と言ってもまた点々と日々を散らばらせてゆくだけだと思う、けれど。

最近の私は、といえばあまり作品を残せていない。

「定期的」な行為が心底苦手なのだと思う。

定期的、という言葉の響きにすら少し心をやられてしまう始末。

ぐぅ。

コップの縁から溢れるように言葉がぶわっと私の中を溢れていたあの時と、今と、何が違うんだろう。

何かを失ったから?
それとも、何かを得てしまったから?

もやもやとした霧の中を手探り……どころか今の私の眼前はすっきりと広くて、「視界良好!」と叫んでしまうほどである。

それが、創ることと何か関係しているんだろうか。

よくわからない。

「わからない」とは実に無責任だ、と言われるかもしれないけれど、それ以上の言葉が見当たらない。

アウトプットには、時期があるのかもしれないな。

「タイミングとは、とても個人的なものなのよ」と、昔読んだ台詞が頭の中でこだまする。


なんだけれども、久しぶりに、朗読します。
↑どういう流れなんだか。

今回のテーマは、外国詩。

実を言うと、私はそんなに外国詩に精通していない。
なんとなく宗教チックなものを想像してしまい、宗教に偏見を抱いているわけではないけれど、
単純に手に取りたい衝動に駆られないのだ。

そういった自分の「喰わず嫌い」な部分も含めて今回の朗読パフォーマンスは未知で、
私自身にとっても面白い試みだと思う。

私はドイツ語と日本語で朗読する、予定。

ドイツ語で何か読んで、と言われれば真っ先に大好きなミヒャエル・エンデが思い浮かぶんじゃけど、はてさて。

自分に一番近い詩と、一番遠い詩と、読んでみようかな。

自分の詩じゃないから、余計な感情が入らなくていいのかもしれない。

どうなってしまうか、自分でもわからないから、ぜひ観に来てもらいたいです。

よろしくお願いします。


【Poetry Circus Vol. 4 】

今回のテーマは「外国詩」 
外に触れ、内を知る。
英語、ドイツ語、フランス語、ロシア語、日本語…さまざまな言語で綴られる詩をお楽しみください。

【日時】
4/25 (土) 18:00 Open 18:30 Start

【場所】
BOOKS BUNNY

【入場料】
1,500+1 ドリンク

【出演者】
深澤沙織 (現代詩)
片桐聡 (翻訳・現代詩)
ドミトリー クズネツォフ (現代詩)
小野修 (音楽)
半野可恵 (現代詩)


2014年7月23日水曜日

たなばた。

ものすごく久しぶりの更新。

昨日、和光市にあるコミュニティカフェ・アルコイリスカフェの七夕イベントにて、
朗読をしました。

七夕にちなんだ朗読、とのご依頼を受けて、
悩むことしばらく。

……

……

……

頭にいくつもの「……」が浮かんだところで、悩むのをやめた。

七夕という行事にとらわれず、解釈の間口を広げ、
「星とめぐり逢い」をテーマに、三篇の詩を朗読した。

星めぐりの歌/宮澤賢治
ほしあいの夜/オリジナル
糸/中島みゆき

星めぐりの歌は夏の星座ばかりではないけど、
シンプルで美しい響きが好きなので。

糸は、歌詞の一部を抜粋して朗読。

ほしあいの歌、は、オリジナルの書き下ろし。

久しぶりの朗読で緊張したけれど、とても楽しかった。


しかし人とのつながりとは面白いものだと思う。

昨日も新しい、素晴らしい出会いがあって。

また何か、面白い方向へ進んでいけそうな気がむんむん。

「この人とは何ができるだろう」
「この出会いの先にどんな楽しいことがあるのだろう」と、
いつもわくわくする。
岸辺で砂遊びをしていたら、
たまたま来た波に
流れ流されてここまでたどり着いた私だけれど、
幸いその波はいつもとても素晴らしいところに私を運んでくれた。

またひとつ、終わった。

さて、次は。


2014

なぜか出てきた、昔の記録。


2014.1.6

大きな荷物をふたつ抱えて、東京駅に降り立った。
新幹線の扉が、私の後ろで、何かの合図のように音を立てて閉まる。

ごうん、と一声、滑らかな白い車体は、ゆっくりと滑り出した。
また、誰かをどこかへ運ぶために。

大きくひとつ、深呼吸をして、歩き出す。

戻ってきた。

ふたたび、ここに。

年越しは家族と、と決めている。
ドイツに留学していた1年をのぞくと、28年、新しい年はずっと家族と迎えてきた。

今回は、実家の広島に1週間ほど滞在し、東京へ戻ってきた。

朝、広島駅のホームで母と別れてから4時間。

たった4時間で、私のふたつの目は全然別の景色を見ている。

どちらも現実で、どちらももうすでに見慣れたものではあるけれど。

4時間。

長いのか短いのかは、わからない。
4時間かけて、私は準備をする。
もうひとつの日常へ戻るための。

大きく深呼吸をして足を踏み出せば、たちまち私は都会の一部になる。

私の2014年が始まる。

おやしらず。

親知らずを、抜いた。

左の上下、いっぺんに。

抜くときは、麻酔が効いてくれたので
なんともなかったのだけど、
終わってからがなかなかに壮絶だった。

そうして私の左頬は、腫れた。

腫れる腫れるとは聞いていたけれど、
それはもう見事に。
原形をとどめぬほどに。

それに伴って、口は3分の1ほどしか開かなくなった。
つまりは、食べられない。

五日間ほど強情に腫れ上げた左頬のおかげで、
食べる、ということが何だったのか、思い出すことができた。

食べる、とは。

食べる、ということは。

私を肉体的に生かし続け、
精神的に活かし続ける。

左頬はまだ腫れているが、それでも前よりは食べられるようになってきた。

少しずつ、少しずつ。

それが単なる本能的な行為以上の意味を持つことを、
忘れていたのだ。



いただきます、の、美しさを知る。